ストレスと自己肯定感

メンタル対策

緊急事態宣言が解除されましたが、テレワークなど新しい生活様式によりまだまだ外出は控えられ、自宅にいる時間が長くなっています。自宅にずっといることで発散できず、どうしてもストレスがたまってしまいます。そのメンタル対策はどのようにすればいいでしょうか? これについて考える際に参考となる過去の出来事として、2018年にタイで起こった遭難事故が挙げられます。

それはタイの雨期にあたる6月のことでした。同じサッカーチームの少年12人とコーチ1人が洞窟の最も奥まで行くという、当時少年たちの間で流行っていたちょっとしたイベントを行っていました。しかし、突然、大雨が降り、入り口付近が水没し洞窟に閉じ込められてしまいました。

少年たちは1つだけ懐中電灯を持っていたましたが、やがて電池も切れてしまい、真っ暗闇の洞窟の中で救出を待つことになりました。

救出を待っている間、壁を伝って流れてくるきれいな水だけを飲みながら空腹に耐え、コーチの指導する瞑想によって体力を消耗しないよう、そしてパニックにならないよう、平静を保っていたそうです。

20代の若いコーチは、幼いころ家庭の事情により少年修道僧として寺院で生活していたことがあり、ヴィパッサナー瞑想を日々実践していたそうです。

ヴィパッサナー瞑想…
タイなど東南アジアの仏教国で実践されているマインドフルネス瞑想の一つ。「ものごとをありのままに見る」インドの最も古い仏教瞑想のひとつ。

また、少年たちがコーチの家に時々泊まっていたそうですが、就寝前には少年たちと祈りと瞑想を行っていました。祈りと瞑想は良い眠りを与えてくれますし、他のことを考えることを止めてくれます。

コーチは、ただ単に瞑想を実践するだけででなく、仏道修行によって形成された人徳と少年たちとの強い信頼関係があったからこそ、彼らの命をつなぐことができたのではないかと考えられます。

救出時には、少年たちが誰一人としてパニック状態に陥らず、落ち着いた表情で時には笑顔を見せながら、ダイバーたちと会話している様子が放送され、その状況に世界中が驚かされたのは、後日談として語られています。

自己肯定感とは

 「自己肯定感」。自分を肯定する感覚、自分を受け容れる意識のことです。この自己肯定感が高いか低いかによって、悩んだとしても、それを乗り越えて行くことができたり、逆にがんじがらめになってしまったり、という差が生まれます。

「コップに半分の水が入っていたとして、それを『まだ半分も残っている』と思うか、それとも『もう半分しかない』と思うか」というたとえ話があります。これは人生におけるあらゆる出来事に対するとらえ方に関連した話で、自己肯定感はそのときの心の反応を決める大きなカギとなります。

たとえば、仕事が思うようにいかなかったときの結果が同じものであっても、両者の「受け止め方」はまったく違ったものになります。

自己肯定感が高い人は、こう受け止めます。

「大満足というレベルではないけれど、自分としては精いっぱいいやった。次はもっと頑張れそうだ。」

一方そうでない人は

「とても満足できる結果じゃない。なぜできなかったんだ。なんでもっと頑張れなかったんだ。まったく情けない」

という受け止め方をします。自分を責めて、悩んでしまいます。そして、仕事に関しても、“失敗”のイメージばかり描きがちになります。そんなイメージで取り組んだ仕事は、やはり良い結果は出にくくなります。それでますます悩みは深まるばかり、となるのです。

人間関係でも、自己肯定感の高い人は、うまくいかない相手に対して、こんなふうに受け止めることができます。

「ちょっとソリが合わないけど、自分は誠意をもって相手に接している。それでいいじゃないか」

ところが、自己肯定感が不足していると、なかなかこのようには受け止めることができません。

「ギクシャクしてしまうのは、自分の方に問題があるからだ。どうしたら、相手に受け容れてもらえるのか、わからない。いったい、どうすればいいんだろう・・・」

やはり、自分を責めてしまいます。これでは、人間関係の悩みに翻弄されることになってしまいます。

このことは、一事が万事で、家庭内でも恋愛でも、あらゆる出来事についてこのような対照的な受け止め方になるので、「人生」という長いスパンで見れば、その差は大きなものになります。

自己肯定感が高い人が充実感を持って人生を紡いでいくのに対して、そうでない人は、いつもくよくよと悩みがちで、いつも不安を抱えがちで、場合によっては心が病んでしまう、といったことにもなりかねないのです。

仕事・人間関係・育児・恋愛・学業・・・・努力や環境、才能より先に来る大事なもの。それが自己肯定感です。

セルフコンパッション

慈悲は他者に向かうものですが、根底には自分への慈悲や思いやりがなければいけない。現代人は、自分への慈悲の精神が低く「自分は無価値な人間だ」と思っている傾向が高いと考えられています。実は、そういう人が、困っている人に手を差し伸べると本人も意識しないままに見返りを求めてしまうことが分かっています。感謝されないと自分がやったことに価値を見出せなくて、自己嫌悪に陥ってしまう。これが現代人には非常に多いと言われています。

見返りを求めない、本当の手助けを他の人にしてあげるためには、まず自分自身の存在を受け入れ、自らに慈しみをもって関われているかどうかが大切です。つまり、私を慈しむということです。近年ではこの自分自身に対する慈悲の心をセルフコンパッションと呼び、欧米の心理学研究者たちによって、深く研究されることになりました。

そして、この慈悲の心が備わっている人ほど、心も体も健康であるというデータも、提示されています。

自分を大切に

・最近、誰かを慰めてあげたことはありませんか?
・失敗した人を励ましたことはありましたか?
・いたわりの言葉を掛けましたか?

自分が関わっている人の表情が曇っていたり、気落ちしている様子がありありと見て取れたとしたら、誰でも何かしてあげたいと思います。

自己肯定感に課題を持つ人はしばしば、自分を犠牲にしてでも他者のために尽くす行動を選択することがあります。他者がつらい状況にあるとき、それを思いやる心の温かさを持っている人たちなのです。

だから思い返してみると、悩んでいる人の相談に乗ってあげたり、手伝ってあげたりしたことがいくつもあるのではないでしょうか。

人に対して投げかけたそんな言葉を、あえて自分に対して言ってみましょう。声に出して言えなかったら、心で言っても構いません。人を思いやったり、励ましたり、いたわることのできる言葉は、自分を思いやり、励まし、いたわる言葉にもなるのです。

「どんなことがあったって、自分は自分の味方だよ」

「うまくいかないことがあったって、それはそれでいいじゃないか」

「さあ、一杯やって気分転換しよう」

自分に対しても、他者に対しても、同じように公平に見てあげることが、広き心のありようであり、本当のやさしさにほかならないのではないでしょうか。

人を思いやるように、自分を思いやりましょう。

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